マツとシイ〜森の栄枯盛衰

マツとシイ〜森の栄枯盛衰      原田洋 磯谷達宏 著

 この本は、「現代日本生物誌」シリーズの6巻目である。この「現代日本生物誌」は現代社日本に生きる生物の現状に焦点をあて、その生きざまを描写することをつうじて、変貌の激しい現代社会にふさわしい自然のとらえ方を考えることをねらいとしている。この本の特色としてまず挙げられるのは、二つの生き物を取り上げていることだろう。その理由としては、二つの生き物を取り上げることによって、一つの生き物を取り上げただけではわからない、現代を生き抜こうとしている生物のより本質的な特徴を明らかにすることができるからだとしている。二つの生き物には、それを捉える共通の視点が用意されている。もう一つの特徴としては、執筆者による座談会が集録されていることであろう。筆者によって生き生きと描かれた生き物たちの今の姿を、編集をまじえた座談会で示される共通の視点で見つめなおすことによって、より深い生き物の理解につながっていくことの期待を込めてのことだそうである。このことを踏まえて本書を読むとより深く理解できるのではないだろうか。
「マツとシイ」では、文字通りマツとシイについて書かれているわけだが、著者によると近年はマツが急速に衰退してきている代わりにシイが爆発的な勢いでに回復してきているのだそうだ。一見、マツが減少しているという現象は、自然が失われてきていることのように思ってしまうが、筆者は実はここから自然地理学的にもっと意味のあることが見出せるとしている。

まずはマツとシイについてその特徴を以下のように簡単にまとめている。
マツは、緑の葉をつけている常盤木であり、スギ、ヒノキと並んで針葉樹の中核的な樹木である。また門松や松の内などの言葉にも代表されるように新年を祝う植物であり、日本人の好む樹木の一つでもある。シイは、日本の南西部のきわめて広い範囲の自然林を代表する樹木である。その材が薪炭用に、その実が食用にされるなど古くから人々と関わってきた。
以上を踏まえたうえで、原田氏が横浜や鎌倉を参考に100年前の様子と比較しながら、マツ林の変遷について考え、次に磯谷氏が、シイノキの生態的な特徴と人間にとっての意義という両面から、シイノキと人との関わり方の来し方行く末を探っている。

原田氏はマツの専門家ではなく、横浜国立大学教育人間科学部の教授で土壌動物の生態学、ここ100年間の関東地方の植生景観の変遷に強い関心を持っている方である。神奈川在住のため、植生景観の変遷を見る際も鎌倉などを中心に調査していた。
日本の至るところに生息し、古くから絵画や詩歌にも取り上げられ、また日本三景をはじめとする景勝地にもみられてきたマツは、陽の光を強く必要とする樹種である。マツのような陽樹は、しかしわずかな光でも生育できる陰樹のような強い競争力を持たないため、マツ林が形成されても50年も経つと陰樹が優勢となり、マツ林は別の森林へと変化する。授業でも扱ったがこれを遷移という。シイはまさにこの陰樹であり、近年マツの減少とシイの増加は、遷移の現象なのであり、いわば自然的に起こる現象である。原田氏は逆になぜこの自然現象である遷移が“近年”見られるようになったのかに注目した。
まず、江戸時代末期の絵図や、古文書、「皇国地誌」、幕末期や明治期に外国人によって撮影された古写真、迅速図など様々な資料を用いてマツが江戸時代や明治期、大正期をとなるにつれてマツ林が減少し、昭和ではほぼ失われていることを視覚的に明らかにした。
そしてなぜマツ林が江戸時代に拡大したかの理由についても考察している。その理由として考えられるのは、1700年代の江戸における人口集中がはじまり、それにともなって大量のエネルギーが必要になったことである。燃料として必要とされるようになったのがマツなのあった。またマツを燃料としたエネルギーは、製塩にも重宝された。
つまりマツ林に人の手が入って管理されるようになったことで、マツが陰樹にとって変わらせることを防いでいたのであった。逆にエネルギー革命が起こり、もはやマツを燃料として必要としなくなると、人の手が山に入らず、管理されなくなり、遷移が進行し、マツの数が激減していったのであった。

シイについて書いた磯谷氏は、国士館大学文学部(地理学教室)講師であり、植生地理学、植生の地域による違いやその成因を主に研究している。本書では、時折自らの経験談も織り交ぜており、より読者に実感し易い形で書かれている。
シイノキは、1960年代のエネルギー革命以降、西日本、なかでも里山で多くみられるようになった。シイノキの利用法としては薪やシイタケのほた木などである。
シイノキは、地域の植生の中で最もよく発達した状態(極相)でよく生息する樹種すなわち極相種である。しかし、同時にシイノキにはパイオニア種的な側面も持っている。若木期に、暖地できわめて速い伸長成長を示すことである。このように極相種としての特性と若木期にみられるパイオニア的な特性をあわせもっていることが、シイノキが社寺林や里山などで多くみられる主な要因であると考えられている。
以上を踏まえつつ、磯谷氏は、シイノキと人々のこれからの関係のあり方について考察している。まず第一に指摘したのは、どのような目的であれ、なんらかの形でシイノキを利用したり管理したりする場合には、シイノキの生活史上の特性をうまく生かすことが大切であるということだ。シイノキの極相種的特性と若木期におけるパイオニア的側面などをうまく活用することである。そして、同時に奥山にあるシイ自然林の保護、里山のシイ二次林も早い段階で保護林化する必要性も指摘した。
さらに他のシイ二次林もその材などを繰り返し採取する古来の森林利用法に利用することで傾斜地における木材・エネルギー資源の持続的な利用と生物多様性の保存とを高い次元で両立させる事が出来るため、環境問題が叫ばれる今日において再び脚光を浴びる可能性を持っているとしている。また環境教育や都市防災への利用も提案している。


最後に、この本は授業で扱った植生について扱った本であり、なおかつ自然地理についてそれほど知識がない人でも理解できるよう読みやすく書かれているため、自然地理学概説を履修した私たちにとっては、とてもいい復習教材となるのではないかと思った。私自身も、それほど今まで植物に興味を持ったことがないにもかかわらず、読み始めると意外にのめり込んでしまい、あっという間に読み上げてしまったほどだ。